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源氏物語:橋姫(原文)

源氏物語:橋姫(原文)

秋の末つ方、四季にあててしたまふ御念仏を、

「この川づらは、網代(あじろ)の波も、このごろはいとど耳かしがましく静かならぬを。

とて、かの阿闍梨(あざり)の住む寺の堂に移ろひたまひて、七日のほど行ひたまふ。

姫君たちは、いと心細く、つれづれまさりてながめたまひけるころ、中将の君、

「久しく参らぬかな。」

と思ひ出(い)できこえたまひけるままに、有明(ありあけ)の月のまだ夜深くさし出づるほどに出で立ちて、いと忍びて、御供に人などもなくて、やつれておはしけり。

川のこなたなれば、舟などもわづらはで、御馬にてなりけり。

入りもて行くままに、霧(き)りふたがりて道も見えぬ繁木(しげき)の中を分けたまふに、いと荒(あら)ましき風の競(きほ)ひに、ほろほろと落ち乱るる木(こ)の葉の露の散りかかるもいと冷やかに、人やりならず、いたく濡れたまひぬ。

かかる歩(あり)きなども、をさをさならひたまはぬ心地に心細く、をかしくおぼされけり。

「山おろしに耐へぬ木の葉の露よりもあやなくもろきわが涙かな 山がつのおどろくもうるさし。

とて、随身(ずいじん)の音(おと)もせさせたまはず。

柴(しば)の籬(まがき)を分けつつ、そこはかとなき水の流れどもを踏みしだく駒(こま)の足音も、なほ忍びてと用意したまへるに、隠れなき御にほひぞ、風に従ひて、

「主(ぬし)知らぬ香(か)。」

とおどろく、寝覚めの家々ありける。

あなたに通ふべかめる透垣の戸を少し押し開けて見たまへば、月をかしきほどに霧(き)りわたれるをながめて、簾(すだれ)を短く巻き上げて、人びとゐたり。

簀子(すのこ)に、いと寒げに、身細く萎(な)えばめる童(わらは)一人、同じさまなる大人(おとな)などゐたり。

内なる人、一人柱に少しゐ隠れて、琵琶を前に置きて、撥を手まさぐりにしつつゐたるに、雲隠れたりつる月の、にはかにいと明(あ)かくさし出でたれば、

「扇ならで、これしても、月は招きつべかりけり。」

とて、さしのぞきたる顔、いみじくらうたげににほひやかなるべし。

添ひ臥(ふ)したる人は、琴(こと)の上にかたぶきかかりて、

「入る日を返す撥こそありけれ、さま異(こと)にも思ひおよびたまふ御心かな。」

とて、うち笑ひたるけはひ、いま少し重(も)りかによしづきたり。

「およばずとも、これも月に離るるものかは。」

など、はかなきことを、うち解けのたまひかはしたるけはひども、さらによそに思ひやりしには似ず、いとあはれになつかしうをかし。

昔物語などに語り伝へて、若き女房などの読むをも聞くに、必ずかやうのことを言ひたる、さしもあらざりけむ、と憎く推しはかららるるを、げに、あはれなる物の隈(くま)ありぬべき世なりけりと、心移りぬべし。

霧の深ければ、さやかに見ゆべくもあらず。

また、月さし出でなむとおぼすほどに、奥の方(かた)より、

「人おはす。」

と告げきこゆる人やあらむ、簾下ろしてみな入りぬ。

おどろき顔にはあらず、なごやかにもてなして、やをら隠れぬるけはひども、衣(きぬ)の音もせず、いとなよらかに心苦しくて、いみじうあてにみやびかなるを、あはれと思ひたまふ。

(引用:大修館 『精選 古典B』)
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